読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

母父トニービン

明るいところで読んでね

いや知らないけど

 

最近ここでも書いてます。

 

a-expanding.tumblr.com

 

ここでも書いたんだけど、ブログ始めてから前よりも時間の感覚が変わった。

アスリートの「ゾーン」に入ったとかそういうんじゃなくて、1ヵ月が少しゆっくりになった。

書いたその日はすぐ終わっちゃうんだよ。あっ、もう風呂入らなきゃ、そろそろ寝なきゃ、って。

でも、ふと自分の書いた文章を読み返した時に「あれ、これ書いてまだ1ヵ月しか経ってないのか」ってことがある。

 

fujipon.hatenablog.com

 

大概において「日常」というのは、パターン化されていて、面白くないものです。

いや、面白くないというか、そんなものが面白いかどうかさえ、考えない。

日常は、ただ淡々と過ごして、なにか「特別なイベントのとき」に備えようとしている。

 

ところが、こんなふうに「日常でネタを探す」ような習慣が身につくと、なんだか、「いつもと同じ日常」の解像度が、少し上がってきたんですよね。

 

まさにそんな感じでございます。俺なんか何を思ったのか、テレビ番組の見よう見まねでちょっと俳句とか詠んじゃったりしたもんねぇ。

「卓球なんて死ぬまでの暇つぶしだよ」ってスマイル君が言ってたけど、俳句とか音楽とかって暇つぶしのために生まれたんだろうな。いや知らないけど。

ブログも死ぬまでの暇つぶし・・・と見せかけて、ブログ書くと時間がゆっくりになる。ある意味、延命。

 

 

 

Twitterでフォローしてる人でニコニコ動画に歌ってみた動画を投稿してた人がいる。再生数も多くないしまぁ普通に無名な感じの人。

今は動画は全部非公開にしてるみたいなんだけど、ゴールデンウィーク期間中限定で1曲だけ再公開しててなんかそういうのっていいなーと思った。しかも元のボカロ曲も再生数1万ちょっとで決して有名でもなくて今回知った曲なんだけど、またこれがいい感じの曲なんだよ。

なんかそういう「ちょっと見せちゃおうかなー」みたいなテンションがすごくいい。

 

子供の頃に親戚達と車3台くらいの編成で大きな公園に行ってキャッチボールとかしてて、子供達がやってんのを見てたらちょっとテンション上がってきた親連中が集まってきて、子供そっちのけで大人の野球ごっこみたいなの始めたりすることあるじゃん。

普段ボヘーっとしてる○○おじちゃんが子供から見たらすげぇ球投げたりしてて、どうも学生時代は野球部でピッチャーやってたとかで、よーし決め球のカーブ見せちゃうぞー、みたいな感じ。に近い。のかどうかは知らない。そこは本人に確認してないんで、最終的には「知らない」に着地することになる。

 

他人から見れば「それ過去の栄光(遺産)でしょ」なのかもしれないけど、本人からすれば「自分の歴史」であり「自分を形成している一部分」なんだよね、きっと。

と言っても動画は2〜3年前のやつだからそんなに古いもんじゃない。

 

俺の文章もそうなのかもしれないけど、今は何でもネットに残せるようになったよね。

俺は親父の学生の頃の写真がモノクロだったりして見せられても「ふーんよくわかんねぇ」くらいな感じだったんだけど、今の高校生くらいだと動画撮ってネットに残したものを恋人や子供ができたらそのまま見せることができるじゃん。

埃かぶらないのも善し悪しあるかもしれないけど、公開したいときにだけ公開したりとか、そういう時代になったんだなぁと改めて思う。いい時代だねぇ、いや知らないけど。

 

「いや知らないけど」、これ使えるな。文末全部これにすれば好きなこと書き放題じゃねぇか。

「知らないけどとりあえず言うだけ言ってみました言うだけならタダですからね、この発言は私の中に住む大勢のわたしによる総意ではありません、その話題に関する一通りの情報を集めた上でそこから熟考に熟考を重ねた結果の発言ではございませんので予めご容赦ください感」が出るね。出ねーよ。

 

あの歌ってみた動画、期間限定なんだからあともういっかいだけ聴いときゃよかったなーなんて思っちゃう感じもなかなかよかったりする。余韻の残るこの感じ。