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母父トニービン

明るいところで読んでね

母父トニービン

 

ふくたっくさん(id:fktack)が自分のブログのタイトルについて書いていたので俺も書いてみようと思う。

はてなブログで書き始める際にまずアカウント名を決める必要があった。これを決めないと書き始めることができない。最初は別の名前にしていたがすぐにTwitterと連携できると知って「あじさいすきお」に揃えた。Twitterとのキャラクターの乖離が強くなって久しいが特に気にしていない。

次にブログのタイトルをなにかしら決めようということになったがその場では何にも思いつきそうにないテンションだったので、取り敢えず仮タイトルだと自分でわかるように昔好きだった種牡馬から「トニービン」を借りて入力した。しかし字面がしっくりこなかったためそこからもうひとつ捻ろうと思い直後に「母父トニービン」と変更。競馬のことばかり書くブログにするつもりはなかったし、ハーツクライアドマイヤグルーヴなど特定の競走馬が好きで付けたタイトルでもないのだ。正直タイトルなんてどうでも良いので今もそのままにしている。ところでそもそも母父トニービンの意味がわかる人がどれくらいいるのだろう。こんな謎タイトルをそのままにしていることにはデメリットしかないのではないかと思うことがよくある。もっと人の興味を引くタイトルにしたほうが良いのかもしれない。他の人のタイトルを見ると変えたい気持ちが湧いてくることがあるのだが「これから俺はこれでやってゆくぞ」というタイトルなどそうそう思いつかないので変えていない。悪く言えば変える勇気がない。それよりもIDとURLを「ajisaisukio」に変えたいが仕様上それは叶わない。

そもそも俺はタイトル・題名であるとかそういう「何かに命名をすること」が苦手だ。昔は得意だった気がするがいつからこうなってしまったのだろう。ゲームの主人公の名付けが好例だ。ファイナルファンタジーはデフォルトの名前があるから問題はないがドラゴンクエストは自分で主人公の名前を決めなければならないので毎回難儀する。どんな物語でどんな性格の主人公か一切わからないがこれから俺が付ける名前でゲームクリアまでやっていかないといけないので適当に決めることなどできない。このプレッシャーがことのほか大きいのでなかなか名前が付けられず結果として買ってきたゲームを始めることができずに苦しむ。いつからか「えにくす」を毎回使うことにして、命名することから逃げた。もしかしたら大人になるということはこういうことなのかもしれない。しかし競馬ゲームで競走馬に名前を付けることは今でも得意だ。

あじさいすきおという名前もちょっとしたパクりみたいなものだ。とある創作ゲームで「コーヒーすきお」というザコ敵が出てくるのでなんとなくそこから借りた。まさかこの名前が定着して人に「あじさいさん」と呼ばれることになるとは思わなかった。自分で名乗っておきながらおかしいかもしれないが今でも少し笑える。あぁ俺あじさいすきおなんだ、と。Twitterで使い始めた名前だからもう1年と少し経つのか。

この名前とこのブログタイトルのせいで紫陽花と母父トニービンの競走馬を気にせざるを得なくなってしまったがなるべくそういう意味では気にしないようにしている。こうなると元々紫陽花をどう意識していたのかわからなくなってくる。意識してしまうことを気にしないというのは簡単なことではないだろう。結局ブログのタイトルがどうでもいいのか大事なのかよくわからない。母父トニービンという適当なタイトルを使い続けることもひとつの個性だと言い張ることも俺にはできる。