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母父トニービン

明るいところで読んでね

まったく人生ってのは安堵と悔恨のあいだですよね~津波てんでんこ~

 

先週の土日で福島旅行に行ってきた。

さいたまからいわきに寄って猪苗代という、長崎平和記念公園の像もびっくりの綺麗なL字コース。伊藤智仁のスライダーでもこんなに曲がらないよ。

 

日本は海に囲まれた島国で、海は常にそこにある。それはあたりまえ体操なんだけれど、いざ水平線の向こうに何も見えない海を見るといつも不思議な気持ちになる。埼玉県民だからそうなのか俺だけがそうなのか。非日常に見える永遠が海にはある。変わらずに流れてゆく時は止められない。

 

俺は魚以外の海鮮は苦手なものばかりなので海鮮市場のようなところではいつも蛤よりもじっとしているが、周りがじゃんじゃん食べている流れで特に好きでもない生牡蠣を食べた。海鮮は食あたりしないかとても怖い。しかし大人になって食べられるものも増えてきているので、もしかしたらという気持ちもあるにはあった。

しかし、これは俺の体には合わないない食べ物だと、口に入れた瞬間の風味ではっきりとそう感じた。おそらく子供の頃に何かしら当たったことがあるんだろう。

別に好きでもないものを危険を感じながら食べるなんて、もう絶対にやりたくない。カキフライは割と好きなのでそれで問題ない筈だ。

 

 

そこで飯食った後、東日本大震災展示会みたいのがやってたから少し見た。

<いわき>「3.11いわきの東日本大震災展」で学ぶ

 

津波てんでんこ」って標語があるらしい。

津波てんでんこ - Wikipedia

津波てんでんこ」「命てんでんこ」を防災教訓として解釈すると、それぞれ「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」になるという。

また、「自分自身は助かり他人を助けられなかったとしてもそれを非難しない」という不文律でもあると言い、災害後のサバイバーズ・ギルト対策や人間関係修復の意味を言外に含むとされる。

 

その辺の展示物を見てたら思い出した。

fujipon.hatenablog.com

 

やっぱり生き延びるってのも辛いことで、あれはしょうがなかったと割り切ることも簡単じゃないだろうし、見捨てた自分を呪い続けるようなこともあると思う。そういうのはなかなか周りの人が救えることじゃない。

言い伝えられている標語が"言い訳"をしてあげることで、前を向けるようになる時期が早まる人もいるだろうし、有事の時に躊躇して判断が遅れて命を落とす人も減ると思う。

と言っても実際に事が起きたときにそれを遵守できるかどうかは別だよな・・・もちろん皆で協力し合って逃げる場面も沢山あるだろう。

少なくとも、肉親も他人も押しのけて自分だけ生き延びろ、それでいいんだガッハッハというような意味合いではないはず。

 

映画や漫画などの物語で出てくる「弱いものや傷を負ったものから助ける」っていう常識が蔓延しているからそれが当たり前に思えるんだけど、それはとても道徳的なんだけれど、きっと現実は違う。

この「現実は違う」って言い回しが好きじゃないんだけど、なにか良い言い方ないかなぁ。「これ言っとけば自分が優位に立てて相手は黙る」感があってしかも凄く使い易いのが気に入らない。

 

とにかく大災害ではそれだけ極限状態に追い込まれること、災害が収まった後も長く苦しみが続くこと、そういう事態の緩和策として軸というか縋るものを伝え広めようとしているんだな。そんなこと知りもしなかったし考えもしなかった。やっぱり人間というものは心の拠り所が必要なんだ。

 

 

 

宿泊場所はあまり電波が届かない山のほうのログハウスで、どうせ後で文章にするだろうと思ってアプリで軽くキーワードだけ下書きをしたら保存できないでやんの。メールの下書きも同じ。完全に電波ありきで作られているスマホに気持ち悪さを覚えた。

それと、風呂のシャワーの出が物凄く良かった。水を出した瞬間にシャワーヘッドに返ってくる反動の強さでテンションが上がる。

 

 

夜はチャンネルが3つしか映らないテレビを見ていたら翌日の天気予報と合わせて県内の放射線量の予報も放送していて、それがとても印象に残った。これが日常なんだろう。

そういえば2年前福島に行った時も、泊まったホテルのエレベーターの横に「現在の放射線量」の表示がしてあったな。

 

 

翌日は茅葺き屋根の街並みで有名な大内宿へ。

天気も良く、街道は本当に綺麗だった。昔アスファルトを敷いたのをわざわざ剥がして土の道に戻したらしい。道沿いのお店のひとの多くが水を撒いていた。景観の良さでいうと日光江戸村は比にならない。こっちは商業施設ではないから、そういうゆとりがある。

沿道にはまだ紫陽花が残っていた。蕎麦屋大河ドラマ「八重の桜」のポスターがまだ貼ってあったな。きっと10年後も貼ってあるだろう。ねぎそばは興味なかったので普通にざる蕎麦を食べた。ねぎは薬味だ。

会津出身の人曰く、冬の前後に行くと雪が積もっていて更に良いらしい。雪が積もったらそこに行くまでの山道が大変だろうよ・・・。

 

 

埼玉に帰ってきたのは夜だったが特有のもわっとした空気を感じて、地元に帰ってきたという安堵の気持ちと暑い場所に戻ってきてしまったという悔恨の気持ちがはじけてまざって大猿になって全てを破壊し尽くそうかと思った。

 

ところで会津といわきで方言がいくらか違うように思えた。海沿いと内陸でやっぱり違うんだろうな。

それと福島土産の定番、ままどおるはひとつの大きさがお土産として食べる分量としてちょうど良い。あれはお土産として完璧だ。赤べこはいつ見てもかわいい。

 

 

ビーチボーイズ反町隆史に気付かなかった人はもう一度読んでください。

山本太郎と水泳対決する回が好きだったなぁ。ちゃんと覚えてないけど。