母父トニービン

明るいところで読んでね

競馬観戦記「来賓指定席」(2012.9)

 

夏から秋に変わりゆくこの季節、みなさんいかがお過ごしだろうか。

 

先日、友人が中山競馬場の来賓指定席というところの招待券を抽選で当てたという。

馬券は当たらなくともこういうものをしっかりと当ててくるあたりが彼らしく、そういう部分こそが彼を彼たらしめているのであろうと感じずにはいられない。人の運とは不思議なものである。

 

さて、私はこれまで指定席という場所に入ったことがない。さらに今回は来賓指定席という名称なので、通常の指定席よりも更にグレードが高い席のようだ。この時季のスタンド席とは違って、きっと涼しい場所なのだろうと思いつつ、誘われるがままに行ってきた。

 

私は競馬観戦といえば専ら府中の東京競馬場で、中山へはあまり行かない。

自宅からの距離で比較するとそう大きな差はないのだが、過去にいい思い出がない、というのもあまり足を運ばない遠因かもしれない。

 

2001年有馬記念。応援していたテイエムオペラオーは負けた。

2005年有馬記念。応援していたディープインパクトは負けた。

 

事前にメインレースの出走馬を眺めたところ、応援している馬といえば同日の阪神競馬場で走るサンカルロくらいで、近走の成績からも今回はあまり勝負になりそうもない。そういう意味では安心といえる。安心にもいろいろな種類があるのだ。

 

「競馬は朝の第1レースからやらないと駄目だ」

と、いつも真摯に病と向き合っている彼は、朝一番から現地入り。

来賓指定席エリアのチケットといっても、席自体は当日の先着順で決まるそうで、彼は早くに着いて一番前の席を獲得してくれたらしい。いつもながら感心する。

しかもそれを鼻にかけた発言を一切しないのが彼の良いところだ。早起きをしてギャンブルに行くことでも徳を積めるのである。

 

 

彼が席に座って赤ペン片手に新聞を開いているであろう頃にゆっくりと目を覚ました私は、好天に恵まれた洗濯を終え、陽に当たって乾いてゆく洗濯物を思って目を細めながら電車に乗り込む。

もうそろそろ着く、と車内から彼にメールを打った時には既に昼だった。

 

船橋法典駅に到着し、改札出口を間違えそうになりながらもビワハヤヒデのごとく涼しい顔で競馬場へ。

なんと彼は入場門のところまで迎えに来てくれて、残暑を思わせる暑苦しい笑顔で、柵越しに無料入場券を一枚こちらへ手渡してくれた。

ここまでできる彼が何故女性にからきし縁がないのか?あの暑苦しさに関係があるのだろうか、同情する。

 

入場門を通過した途端に彼が口を開く。いつもの、だ。

彼とはもう10年来の付き合いになるのだが、会う度に必ず「今日は駄目だ」と口にする。最早挨拶のようなものだ。聞けば、狙った馬が出遅れるわ落馬するわでどうにもならないらしい。

彼の話を聞く度にいつも同じことを感じる。そういった類の話をする時の彼はとても充実して見える。

幼児が帰宅するや否や、母親に幼稚園での出来事をまくし立てる時のように、目の奥が煌めいている。大人の愚痴とは明らかに違っているのだ。そんな彼を見ていると妙に羨ましくなってしまう。

おそらく彼は予測不可能な要因で馬券を外すことにより、何か人生のビタミンのようなものを得ているのではないか。

私も人生の中で何かひとつでいい、そういうものを見つけたいと思っている。できればポジティブな内容のもので。

 

そんな彼に連れられてエスカレーターを昇ってゆく。

指定席のエリアに足を踏み入れる頃には、一般エリアの和やかさからは遠く離れ、やや張り詰めた静けさが支配している。

良くも悪くも洗練された客層ということか。どんな方向であれ、本当に集中している人間というものは余計なことを喋らないらしい。

床は絨毯だ。奥にガラス張りの喫煙室が見える。この時代にあって充分な広さが確保されているように見える。その中に椅子が少なくとも十脚はあるか。落ち着いたらあそこへ座って一服やるとしよう。

しかし近年、私は誰かと過ごしている時に一人で喫煙所に入ってもゆっくりくつろぐことができなくなってしまっている。

気持ちを落ち着けようとして煙草に火を付けるのだがどうにも居心地が悪く、半分程度で切り上げて早々に部屋を出てしまう。

入った途端に外へ出たくなるあの部屋へ、いったい何の為に入るのだろうか。

 

いよいよ座席エリアへと連れられる。想像していたよりもかなり広々として、天井も高い。正面がガラス張りになっていて障害物は何もなく、空もコースもよく見える。良い天気だ。

通路の階段を降り、一番前の椅子に座る。腰掛ける時につい声が出てしまうようになったのはいつからだろうか。

 

顔を上げれば入道雲が映える午後の快晴、視線を落とせば開幕週の芝コース。

加えてゴール板のほぼ正面。こんなところで競馬を観られるとは・・・。

目に焼き付いてしまったので、写真は撮らないことにした。あの景色を小さい画面の中に収めてしまうほうが勿体ないだろう。

 

ひと息ついたところで新聞を広げ、駅の売店で買った新しい赤ペンで次のレースの予想を始める。事前に大まかな予想すらしていないので、ここからが忙しい。

以降はパドックで馬とオッズを見てから馬券を買い、レースを観て一喜一憂し、また次の予想の繰り返しだ。

終日天気も良く、芝の上を走る馬は例えようもないくらい綺麗だった。"生きる芸術品"とはよく言ったものだ。

 

馬券の調子はそれなりといったところ。多少の負け程度で済んだので観戦料としておこう。

隣の彼はというと、スタートからレースの八分どころまでは上機嫌ではしゃいでいるのに、ゴール直前で急に黙り込む、これの繰り返しだ。

人気サイドの馬から買っているらしいのに、全く当たらないのはやはり運が向かなかった、ということになるのだろうか。正直、掛ける声が見当たらない。

 

サンカルロは14着に負けた。

ここまで結果が悪いと、逆に次のレースで買いたいと思えてくるから不思議だ。競馬はわからん。

 

 

競馬に熱中したにもかかわらず、最終レースを終えてもほとんど疲れを感じないのは、やはり環境が良かったおかげだろう。

心に残る素晴らしい景色を見られたことが、何よりの収穫だ。

 

サマージョッキーシリーズでの優勝が決定し、画面に大写しになっている池添騎手の笑顔とは対照的に、帰りがけにATMへと向かって歩いてゆく後ろ姿が印象的な彼に感謝しつつ、観戦記を終えることにする。

 

 

*****

 

この日は京王杯AHでレオアクティブが1.30.7の日本レコードを叩き出した。

遊びで買っていたスマイルジャックが内から伸びてきた時には笑っちゃったな。ここらで終わりと思いきや、このあと地方含めて更に2年も走ったんだよなぁ。

レオアクティブはまだ地方で走ってるんだね。

 

 

他にも競馬について書いてまぁす。

これまでに書いた競馬読み物