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母父トニービン

明るいところで読んでね

品がない

 

大人になると、いや子供でもそうだが「お前みたいなもんが」というような意味のことを言われることは少なくなる。だからこそなのか、以前叔父との会話の中で「そういう明るい色のやつを部屋に置いとけよ、どうせ殺風景なんだろー?」と笑顔で言われた時はなんだか嬉しかった。職場で目上の人間に言われたりするのとは全く違う、屈託のないイジりだった。

近い意味で、2ちゃんねる特有の、いや2ちゃんねる特有なのかはよく知らないが、あのネット上の「"お前ら"文化」のようなものが好きだ。閲覧者である「お前ら」に対して上から目線の書き込みが散見されるが、あまり嫌な印象を受けることはない。表面上は互いに尊重し合わず、それでいて「お互いにダメなやつら」という仲間意識が根底に存在している。

名前とアカウントを持つSNSではなかなかこうはならない。無闇に互いを尊重し合って何が楽しいのだろう。かく言う私も褒められることにはやぶさかではないが、お互い馬鹿にし合える仲間ほど得難いものはない。

それでも、匿名掲示板であろうがSNSであろうが鼻につくやつというのは不思議なほど分かりやすく鼻につくので面白い。

 

鼻につく、というのは面白い言葉で、私の職場でやや敬遠されている人についてどこがどう苦手なのかと考えた時に「相手によってはっきりと態度を変える」「自分を大きく見せようとする」などが挙がるが、どんな言葉よりも「鼻につく」が一番しっくりくる。

これほど端的であまり具体性もないのに、人を表す時にこれほどしっくりくる言葉は他にあるだろうか。あった。「品がない」。

私がどうかということは置いておいて、綺麗なふりをして隠していても品のなさが滲み出る人間が見ていて一番気持ちが悪い。学のなさ、教養のなさとはまた違う。

 
セカオワの新曲『SOS』がかなりいい。このグループはこれくらいのことをやって丁度良いという感じがする。最初に聴いた時は「うむ」と自然と頷いた。
このバンドが前作のようなことをやっていては困るのだ。毎回初見で「なーんかどっかで聞いたことがあるような気がする」曲なのは相変わらずだが。
こういう歌い方はファルセットと言うんだったか。カラオケで歌ったら頭痛くなりそうだ。
 
モテようとして2番のギターを練習する奴がもう続出しているはずだ。俺がギター始めたばかりだったら間違いなくやっている。そしてアコースティックギターは弦が太いため指が痛くなるので、すぐにやめているだろう。「今時まだギターなんてやってんの」と言いながら。
そしてさっさとギターを諦めた俺はスケボーやDJのターンテーブルあたりに手を出していたのではないか。そういう意味では俺は時代に恵まれたと思う。X JAPANでもなくSEKAI NO OWARIでもなく、比較的コピーし易いLUNA SEAだったことに感謝したい。おそらく、当時は別にギターに限らずなんでも良かったのだ。
 
しかしあのピアノ女子の金髪からコスプレのかつらのような違和感を感じるのはなんとかならないものか。
それとこれは以前から曲を聴いていて勝手に抱いているイメージだが、曲中での彼女の主張が強すぎるせいでこのグループはなにかがおかしい。おかしい、というのは間違っているという意味ではない。
聴いていて「あっ、そうなるの?」と感じる部分が端々にある。批判というわけではなく、むしろそれが良いエッセンスになっている可能性もあるが、なんとなくおかしいと感じる。
なんとなく良いだとか、なんとなくおかしいだとか、鼻につくだとか、品がないだとか、そういう具体的に言葉にしづらいものをなんとなく感じ続けていきたい。