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母父トニービン

明るいところで読んでね

これこれ

 
いやー思いつきで100文字とか200文字とかやってすぐ飽きるのほんと最高。これこれ。誰もそれを良いとも悪いとも言ってこないこの感じ。自由に書いてるって実感するわ。インターネットはこれがいいよね。いいかな。わからん。インターネットの何がよくて何が悪いのか全くわからん。はてなブックマークは本気で気持ち悪い。うわ、やべえなこいつら・・・と思う。石どけたら虫がいっぱいいた時みたい。石をどけないのが一番だわ。
自由に書いてるって言ってる時点でもう本当の自由じゃないな。言葉の枠に収まってるもん。書かない自由もあるはずなのに「自由=書く」になってる。表現の自由と打ち立てた途端に、なるべく表現をするべきだという不自由を背負う。自由な刑務所。会社の飲み会。
何もない状態がある、ゼロというものを発見したことはすごいって言うじゃん。そんな感じ。何もしないをしてるんだよぅ、はダメ。あれはダメ。あれを口にする生き物自身がそれを言うと面白いと思って言ってるからダメ。ティガーとカスケードは同じ声。漫画でニトロニクスジャパンカップ勝つシーンは一瞬で終わるけど震える。パワーパフガールズのナレーションはごきげんよう。
まあ要はあれですよ。寒いなーって。寒いけど春のひかりってあるよなーって。いやさすがにまだ春じゃない。春じゃないけど真冬は過ぎた。過ぎてなくない?晴れてるのにめっちゃ寒かったけど今日。むしろ今日が一番冬らしかったけど。
あのねー、春夏秋冬ってそれぞれ名前つけちゃうからそういう感じになっちゃうわけですよ。午前10時半を過ぎたくらいの、おはようございますとこんにちはが混ざり合う汽水域の時間帯は毎日必ずあるんですよ。日が延びたなーっつって少し時間経って夕焼けだなーっつってコンビニ入って出たら真っ暗になってたりするんですよ。
あと「修飾+体言止め」を繰り返すとあれだね、あのー、なんかオシャレ感出してるだけにも見えてくるね、別にいいけど。後からそれ読んだ時にそれ書いた時の感覚と映像が浮かべばそれでいいの。
 
エレベーターでちゃんと全員降りるまでドヤ顏で開ボタン押し続けるやつがむかつく、って文章を読んだ。ドヤ顏ってブログで初めて使った。それ読んで「うーんそうか?そんなに怒るほどでも・・・っていうか・・・ん?」となった。よく考えたら普段ぜんぜんエレベーターに乗らないことに気付いた。うわー乗らないわエレベーター。たまーに乗ることもあるけど人と乗り合わせることが滅多にない。普段エレベーター乗るか乗らないかなんて考えたの初めてだよ。