読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

母父トニービン

明るいところで読んでね

靴の裏っ側みてーな顔しやがってお前ら

 
 俺さー、靴がなかなか捨てられないんだよねー。
 
 こいつもだいぶ履いたなーって靴でもそこからさらに履いて、履いてるのが恥ずかしくなってくるほどボロくなるまで履く。さすがに出かける時には履かなくなっても近所専用の靴にして、さらに汚れてもどうしても踏ん切りがつかない。踏ん切りがつかないからまた履く。そのうち穴が開いて雨の日は履けなくなって、とりあえず下駄箱に入れる。ある日下駄箱の奥から出てきて、そこで「さすがにもうそろそろ・・・」ってようやく離れる決心がつく。
 
 ものを大切にするとか現代式消費社会がどうたらとか、鯨の肉だけじゃなく他の部分も全部有効に使おうとかそういうんじゃなくて、うーん、それが完全に言い表してるとは思わないけど、別れが惜しいって感覚に近そう。
 まだだ、まだ終わらんよ、とかもけっこう近い。簡単に死なれたくないじゃん。吉良吉影の死に方は俺はけっこう好きだけど。
 
 ドラマ『北の国から』で母親の葬式に出るからって純と螢が東京に出てくる回で、生きてれば母親と新しく一緒になる予定だったぶっきらぼうなおじさんが「そんな靴で葬式に出られんだろう」って交差点の角の靴屋で新しい靴を買ってくれるシーンがあるのよ。
 新しいのに履き替えた後に店主とそのおじさんが「古いのはどうします?」「あー捨てちゃって」みたいなやり取りをして店を出る。後になって「お兄ちゃん、靴、まだあるかな」「俺も気になってた」って夜になってふたりで靴屋に行くんだけどもう店終わってて、近くのゴミ捨て場を漁るんだよ。そしたらお巡りさんに声掛けられちゃって、でも状況を説明したら「・・・俺あっち探すから、お前らその辺探せ」って探してくれるんだよね。そんで見つかったんだっけ、そこから先は全然覚えてない。
 
 それ見たせいなのか、元々俺がそうなのか、そもそも子供にそういうドラマを見せたがるような家で育ったからなのか、自分でもよくわかんないけど、とにかく靴がそう簡単には捨てられない。うーん、でもドラマを見てそのシーンが強く印象に残るってことはもうその時点ではそうだったんだろうな。
 それで我が家がそういう家族だったのかというと特に印象的な記憶はなくて、むしろボロくなってほとんど履かなくなってた俺のスニーカーをある日母親に捨てられてめっちゃくちゃキレたことがある。反抗期の終わりかけだったかな。次の日に母親が泣きながら謝ってきて、それもまた困った。
 
 履物には神様が宿る、とかそういう言い伝えどっかにありそうな気がするんだけどないのかね。踏みつけるものだからだめかな。
 あと、うちの父親は履物を全部「草履」って言う。