母父トニービン

明るいところで読んでね

2004だったか2006だったか

 

 Jリーグ浦和レッズが初めてステージ優勝をしたのは2004年。
 そして2006年には年間のリーグ制覇を果たした。
 
 どちらの時の記憶なのかどうも定かでないのだが、優勝が決まった当日の夜に、友人数名――おそらく"世代なり"にサッカーを好きになり、加えて"地元なり"に浦和レッズを応援してきた同級生たち――と飲みに行った。
 
 大手チェーンの居酒屋は予想通りに大混雑、それでもなんとか席を確保できた。あやふやな記憶だが、もしかするといくつか店を回ってやっと見つけた席だったのかもしれない。
 間違いなくここの客全員が同じ理由でこの店に入り、同じ理由で酒を喰らい、笑っていた。店員さえも上気したような、店内の明るいざわめきは非常に印象に残っている。
 なんといっても、Jリーグ開幕初年度から存在し、日本で最も熱いサポーターがスタジアムに詰め掛ける(故に揉め事も多いが・・・)と言われ続けているクラブの初優勝だ。
 
 もちろん初優勝を喜ぶ気持ちはある。ただ、同級生や店内のニコニコ顔たちとはやや違いレッズというクラブに対する熱意はそれほど強くない――FWの田中達也は好きだったが――ほうで、地元として気にかけるという程度のものでしかなかった。
 当時の試合中継だって数えるほどしか見ていないし、それも少し眺めてチャンネルを変える程度のものだった。
 
 店内で話した内容は覚えていない。
 レッズの話をしないほうが不自然だったろうから、当日の話だけでなく、J2に降格したことや当時の監督ブッフバルトの現役時の話などもしていたのではないか。まだ思い出話ばかりするような年齢ではなかったが。
 
 とにかく何よりも強く覚えているのは、トイレに立った際などにすれ違う人同士が皆「お疲れ様でーす!」「お疲れーす!」と声を掛け合う姿だ。
 顔見知り同士だろうか?いや、こちらにも無頓着な声を掛けてくる。しかしアルコールに操作されている様子はない。疲れてもいなければそれまで大した応援もしてこなかったが、自然とそれなりの声量と笑顔で応えていた。
 なんだこれは。どういうアレだよ、これ。連帯感?一体感?とにかく嬉しかった。幸せな空間だった。
 
 普段どんな態度でチームに接していようとも、躊躇いなくひとつの仲間になれること、それも「優勝」という結果がもたらすひとつの幸せの形なのかもしれない。