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母父トニービン

明るいところで読んでね

なんなんすかね

なんかあれじゃないすか。東日本大震災の前と後で世の中が全く変わったじゃないですか。地下鉄サリンとか3億円事件とかそういう世の中の考え方や時代を一変させる出来事ってやっぱりあるわけです。このへんのクラスの出来事になると何かが起こって困って解決して忘れて全て元に戻るなんてことはないわけで3億円事件があったからサラリーマンの給料がみんな銀行振込になったんだよって聞くと我々の世代はへぇーって思うんです。まあテクノロジーの発達なんかもそうで昔話をされてる時に「携帯もない頃だからねぇ」みたいな補足されたところでいつの時代も子供たちはそうだった筈なのに携帯無しで待ち合わせする時の心境がもうほとんどイメージできなくなっているわけです。そんで「ぱふゅーむです☆」で有名なあの女性3人組のダンスユニットは『polyrhythm』及び『chocolate-disco』って楽曲で大Breakしたんですけど彼女達が世に出る前に私が音楽に対して持っていた感覚や捉え方みたいなものは今となってはもうよく覚えていないんですよ。元々そんなに大したものじゃなかったのはわかるんですけど間違いなく彼女達は私のどこかしらに変化を起こしていってるんですよね。その直後に出たアルバムは相当聴きまくったのにその次のアルバムかそこらであまり追いかけなくなってしまって今はもうアルバム何枚出てるのかとかねぇとレーザービームはどっちが先に出た曲なのかとか全然わからないくらいなんですよ。今後広島カープが強いのも当たり前になっていって5年後のこの時季に「夏場ちょっと危なっかしいところもあったけどまあまあ終わってみればやっぱり今年もカープだったね」なんて話してる可能性もあるのでカープが強すぎてつまらないと世の中が感じ始める前にみんなもっと広島カープについて書いてください。ついこの間まで弱かったっていっても弱くなる前は強かったんです。ひいひいじいちゃんが言ってました。そういうことを思うと今度は今この時点で持っている自分の感覚ってなんなんだろう意味あんのかなこれみたいなことを思ったりします。今は今ですけど今言ってるこの今はじきに今ではなく過去になり新しい今がやってくるわけですがその新しい今もそのうち今ではなくなるのでもうバックトゥザフューチャーですね。東日本大震災や米同時多発テロなどの新しい基準を作ってしまう出来事が起こるとそれ以前の物の見方が思い出せなくなるのでその時その時に感じたことを感じたままに書き記すことがひいてはその時代ならではの思考を記すことになるんでしょう。そう思うと今度は書くのめんどくさくなってくるのはなんなんでしょう別に未来のために書いてるわけじゃないからですかね。昔の本を読むと今では想像するしかない感覚や思いもよらない思考の道筋を教えてくれるのでその発想はなかったわという新鮮味があって面白いですがそこには未来のために書き残そうという意図はなかったように感じられます。日常的にブログを書くようになってしばらく経つわけですがこれをやってなかった頃は何を思ってそれをどうしてたのかというとおそらくどうもしてなかったんでしょうね。よく考えたら何かを思ったからってどうする必要もないんです。書いたところで別にネット上で誰かと議論して答えを導き出すわけでもないしネットに書けないこともたくさんあるんですが書くことで考えが進んだり思いが強くなったりということもあるのでまあ悪くはないのかなってところです。