友達に借りて読みましたー。
「推理小説ぜんぜん読まないんだけど、アガサ・クリスティーが読んでみたい」と言ったらこれを貸してくれた。裏表紙に古本屋のシールが残っている。定価380円の文庫本を中古で310円で買ってるあたり、さすが読書好きって感じがするよ。
このお話をどう読むかは、性別や立場によって人それぞれなところがありそう。でも、読んだ人は「自分とは無縁の話」だとは考えられないだろうな。
疲れている時や落ち込んでる時には読まないほうがいいかもしれない。入院した友達に「しばらく暇だろ、これでも読みな」ってこの本を渡すと後に恨まれる可能性がありますね。やってみたい。
ざっくりあらすじを書くとこんな感じ。
母として、妻として、全てを完璧にこなし、常に最善手を打ってきたと自負する英国人のマダム。バグダッドからの帰りに砂漠の宿泊所で足止めをくらい、浮かんでくる思い出につられるまま自分の人生を見つめ直してみると・・・
この主人公は相手の感情に寄り添うことをせず、自分の考える"正しき価値観"によって家族内の全てを決めてきた。でもさぁ、それが母として妻として完全に間違ってるかと言えばそうでもないと思うんだよね。傍から見れば立派な母親だもん。のび太のママだっていつもガミガミうるさいけど言ってることは正しいじゃん。まぁ、あんまり肯定したくはならないけど。
夫は優しいパパだけど、考えようによっちゃむしろこっちのほうがタチ悪かったりする。いやー、単に現実というものが残酷なだけなのかもしれない。俺はそういうことにしたい。
とかいう冷静な話はどうでもよくて、この本の読みどころは苦悩してるところと終わり方ですよ。
最初は主人公に対して「なんか鼻につく人だなぁ」という印象から入る。悩み始める主人公がだんだん身近に感じられていって、ついに深みから抜け出すところでは、やったね!これから頑張ろうね!と思えるほど感情移入している。
でも、まだそれなりにページが残ってるんですよこれが。えー。このままハッピーエンドでいいじゃん・・・もうひと波乱あるのか?と構えていても、意外と不穏な空気はないまま終わりが近づく。最後の最後でまじかよーっつって終わり。
なんつーか、最初は装着することに抵抗のあるVRゴーグルに徐々に慣れていって、気付いたら仮想空間に夢中になっているような没入感は、やっぱり作家の書き方がうまいってことなんでしょうかね。
細切れの情報から読み手が少しずつ全容を見出だすように仕向けるのはミステリ作家の本領なんだろうか。ポワロもあんな感じで犯人を追い詰めていくんだろうなーきっと。
主人公と列車で相席になったおばさまの台詞が印象的だった。
あなたの経験なさったことは現実離れしているどころではありませんわ。──多くの人が、聖パウロが、神の信者の多くが──ごく普通の人たち、罪びと、みんな同じ経験をしたのですわ。
主人公がアンビリーバボーな体験をした気になっていたところを、わざわざこのおばさまを登場させて「ああ、そういうの普通にあるよね」に落とすんだわ。ハイになってる読み手に水ぶっかけるの。ここがあって、怖い読後感に繋がってるんだろうという気がする。
終わり方は怖いといえば怖いし、笑えるといえば笑える。いややっぱ怖いわ。確かに「そういう人は結局そうなんだよ」と遠巻きに結論付けることも出来なくはない。でも、その直前までは読んでるこっちに共感があったんだもの。主人公が俺だったのにそうそう急には幽体離脱できないよね。
どっちにしても、俺も弱腰内政なところがあるから主人公の気持ちがよくわかる。面倒なこと考えるのをどんどん後に回し続けて、「自己欺瞞」という適切な使い方が微妙にわからない言葉を温存したままここまで書いちゃったもん。あーあ。
まあでもあんまり考えすぎて暗い気持ちになるのもよくないよね。なんとかなるっしょ。この本の感想にあるまじき言葉だなおい。