母父トニービン

明るいところで読んでね

揺れる想いはマシュマロみたいにふーわーふわー

いやー令和ですよ。最初の一瞬読めなかったけどもうしっくりきてる。他の候補とかもう知りたくねえしネットの反応とかも聞きたくねえ。お前らの反応に一切の興味がねえよ。ただしMAD動画は許す。

いいかお前らこういう発表に対する反応は「ありがとうございます」だからな。しっくりこなきゃ外国行け。それか宇宙を開拓しろ。

なんかこう、自分の生活に近しい何かが自分の力の及ばないところで大きく変わるってあんまり体験することがないから面白いね。学校のクラス替えみたいな感じある。

 

そういえば平成になった時、夜に両親や近所の人達と一緒に提灯持って「天皇陛下、ばんざーい」って言いながら町内をうろうろしたなー。いや平成になった時じゃなくて即位した時かな。

子供だったから親に連れられるがままなにこれなにこれと思いながらやってたけどよく考えたらすげえ体験だよな。うわこいつやべえ家庭かよって思う人もいそう。まあそのへんの判断は読み手のお前らにお任せします。けっこうご町内のあっちでもこっちでもみんなやってたし明るい雰囲気だった気がするけどなぁ。でも子供は俺以外に見当たらなかったような気もする。

うちの親は昭和20年代なんだけど、そのへんから上の世代はやっぱ俺あたりよりそういうの断然強いんだろうな。いつだったか母親も「昭和天皇はねえ、みんなからすっごい人気あったんだよ」って言ってたし。いや言い方。人気って。まあ子供に説明するならそうなるか。その「すっごい」の言い方がうちの母親が最大級に強調する時の、ゆっくり頷きながら言うやつだったからなんか尊敬を集めてる感がめっちゃ伝わったのを覚えてる。

ところで昭和のそれも特に早めに生まれた男の人は上から順に昭一昭二昭三って命名されることが結構あったってやつ、昔は兄弟が多かったし個人のアイデンティティなんて考えも薄かったから名付けが割と適当だったってのも理由として大きいんだろうけど、なんか新元号を目の前にした今はわかるような気もする。単純に浮かれてんのかもしれない。まあ元号変わるくらいで浮かれるのもいいもんだ。

昭和から平成に変わった時は自粛ムードが凄かったみたいなことを前に今上天皇が言ってて、そういうの全然知らなかったからそうだったのかーって思ったけど、大正から昭和に変わった時はどんな雰囲気だったんだろう。若い天皇の誕生に沸いたみたいなことあったのかね。っていうか調べたら昭和元年って暮れの1週間だけだったんだ。

 

 

アルアイン大阪杯勝って、割と好きな馬だからまあいいんだけど、この馬が勝つようじゃだめだよなぁ、となんとなく思ってたのでだめだった。

だめだろー。なんていうか弱い馬じゃないんだけど、枠とか展開とか馬場とかあるにしたって阪神2000mで走れそうなメンバーがこんなに揃って全員アルアインに負けてるようじゃだめだよ。G1なんだから。勘弁してくれよなほんとに。

 

マテラスカイすげー。まあ前残りといってしまえば前残りレースなのかもしれないけど、世界の一流スプリンター相手にスタートから苦もなくついていってほんとに勝ちまで見えたからね。「おいおい・・・おいおい!」って声が出たもん。しかも後ろにも差させなかったし。

さすが武豊ですよ。ほんとに。トレイルブレイザーBCターフしかり、キズナ凱旋門賞しかり、なんかそのー、勝ちにいく武豊ってやっぱ格好良いよ。なんだろうねこの感じ。岩田やデムーロみたいな感じじゃなくて、うおお!いった!っていう感じ。

アーモンドアイは強かった。軽々ですよ。次どうすんだろ。こんな馬になっちゃったら国内で使うレースなんかもうないよなー。ジャパンカップウイニングランから帰ってきて柵沿いをゆっくり歩いて帰っていったのは、やっぱり国内最後の可能性を見ていたからなんだろうか。

ダイワスカーレット有馬記念勝った次の年に「フェブラリーSからドバイWC、アスコットのプリンスオブウェールズBCクラシックと使いたい」みたいな日本競馬史上最高に夢のあるプランを描いたタイミングで故障して引退しちゃって呆然としたけど、あれからちょうど10年でまた新しい夢が見られてるんだもんなー。すごいなー。

だってこの馬の場合はもう「挑戦」って感じが全くしないもんね。「決めようぜ、世界最強。」に近い。エネイブルウィンクスかかってこいよ、なんだよビビってんのか?お?ってレベルだもんなぁ。競馬で国威発揚になってるかもしんない。

ドバイ勝った世界最強候補の馬でもやっぱり茨城県とか福島県で調整するのかな。