母父トニービン

明るいところで読んでね

散歩した

 早朝に散歩をした。近所の散歩なんてポケモンGOが出た直後以来かもしれない。もしかしたら正月にしたかもしれない。

 まだ街が寝ていたので近所の大きなマンションの中庭を歩いた。駐車場が車で埋まっている。全てこっちを向いて停まっていた。

 湿った風が気持ち良い。これから梅雨の雨が来る。家を出る時にわずかに降っていたのでビニール傘を持って出ていた。マンションを抜けるところで開いた。鳥が鳴いている。

 紫陽花が咲いている。まだ薄暗い中でぼんやり光を放っている佇まいがそのまま撮れるだろうかとスマホを向けたら、画面にはやけに鮮明に映ったのでシャッターは切らなかった。

 雨の匂いがする。アスファルトに雨が降った後にする匂い。なにか横文字の名前があるらしいが忘れた。小さい葡萄畑があった。しばらく降らなかったのでこれは恵みの雨になるのだろうか。

 少し明るくなってきた。洗濯物を干したままのベランダがある。本降りになる前に気付けばいいが。アパートの駐輪場をまだ蛍光灯が照らしている。

 雨が弱くなったので傘を畳む。駅の近くまで来た。最近はコインパーキングの駐輪場が増えた。月極めの駐輪場はがらんとしているがこれから数時間でずらりと並ぶのだろう。それとも雨の日は駅までバスだろうか。

 ファミチキを買おうとコンビニに入る。この時間帯にはまだ作っていないようなので缶コーヒーを買って出た。自動販売機より3円だけ高くついたが大して冷えていない。

 アパートや古い一軒家、新築、値段の張りそうなマンション、建て売り、いろんな形の家がある。それにしても紫陽花はどこにでも咲いている。1年のうち楽しめてせいぜい2ヶ月くらいの花をよく庭に植えようと思うものだ。手入れが楽なのだろうか。

 だいぶ空が白んできた。人が歩いているのをぽつぽつ目にするようになった。マフラーを巻いている人がいた。薄手のおしゃれなアイテムなのかもしれない。自分も以前そういうものを首に巻いていた記憶がある。

 大きい公園に来た。鳩が鳴き始める。カラスも鳴いている。足の甲が丸い穴だらけのサンダルなので道が砂っぽいことに困る。この公園はいつも方向感覚が狂う。元々あってないようなものだが。散歩している老人などは見当たらない。

 慰霊碑があった。刻まれた文章が読みにくい。戦後10年ほどで建てられたものらしい。ここは木々が優しい。ああ、そこのベンチで小一時間くらい眠りたい気分だ。

 幹線道路に出た。トラックが多いが乗用車もちらほら走っている。まだサンダルの中に砂が残っている。歩道橋がある。向こう側へ渡ってみよう。一段一段が低く作られている。

 明けた、と言える明るさになってきた。空き地に繁った雑草の緑が映える。傘を差すか迷う小雨だ。

 また紫陽花が咲いていた。咲き具合と庭の雰囲気でなんとなくこの家は幸せな暮らしをしているのだろうという気がした。

 畑のトマトがわずかに色づいている。隣の畝には茄子が育っている。生け花のように華麗に広げた枝葉の下に控えめな実が生っている。

 小さい公園のブランコを見ると寂しい気持ちになるのはなぜだろう。ペンキ屋の庭には塗料まみれの単管パイプと脚立が並んでいる。

 家を出る時はこんなに歩き回るつもりはなかった。少し疲れてきた。

 雪かき用のスコップが出しっ放しの家がある。ローマ字表記の表札はどうしても読む気にならない。

 細い路地にも少しずつ乗用車が走り始めた。坂を下る。子供の頃は坂の途中の一軒家に住むことに憧れていた。

 バス通りに出た。押しボタン式の信号を渡る。車は少ないがボタンを押したことによって1台が止まった。町工場の窓が開いている。正面に回るとシャッターも半分開いていた。

 雨はほとんど止んだ。さすがに疲れてきた。休憩する場所もない。犬の散歩をする人をようやく見かけた。ウォーキングと思しき老夫婦が十字路を横切る。通りに出ると後ろから職人が自転車で追い越してゆく。

 コンビニに入りパンとお茶でしばし休憩する権利を買う。店内の窓際に座って食べる。ワイシャツ姿が乗る原付きが信号待ちをしているのが見えた。

 店を出ると傘を差している人がいる。さっきのワイシャツは大丈夫だろうか。明けてからやや経つが空の明るさは変わらない。こういう日なのだろう。

 大きいスーパーの広い駐車場を横切る。あっちへ行けこっちを回れと指示する地面の矢印がうるさい。角を勢いよく曲がって行ったごみ収集車がひとつ先の信号で引っかっている。

 駅へ向かうサラリーマンもちらほら現れ始めた。水を張った田んぼに小さいアメンボが動いているのが見える。

 雨は止んでアスファルトも乾いてきている。プリウスの窓ガラスにまだ雨粒が乗っている。湿った風が木を揺らす。

 家の周辺に戻ってきた。こんな景色だったろうか。人は歩いていない。

 サンダルを脱ぐ。親指の付け根が少し痛い。普段ならそろそろ起きる時間だ。テレビを点ける。お天気お姉さんが傘を差している。奥に見えるサラリーマンも傘を差して歩いている。

 今日は夏至らしい。そういえば昨夜ツイッターでそんな発言を見かけた。これからの一日は長い。CMがうるさいのでテレビを消す。また雨がぱらぱらと降っている。

 そういえば朝顔はひとつも目に入らなかったのでもう少し先なのだろう。そろそろ携帯の目覚ましが鳴る。腹が減った。