『2017年の印象に残ったエントリ』みたいなタイトルでそれぞれ印象的な一文を抜き出して紹介してる人がいて、あーそれいいなと思ったからパクるわ。
▼▼記憶をなくしてもう一度最初からこの物語や作品に触れたいぞ、とか思うことがけっこうよくあって、けっこうよくある(と言っても年一回~年二回くらいな気がするけど)、ということが「記憶がない状態で出会う」ということが繰り返されている証左だろ、と思ったので、幸せなことだ、と結論した。
これが最後だ と認識できることって、あまり多くないかもしれない。
文章作成術を使いこなしている人は馬の調教師みたいに文章を上手に繰っているのかもなぁ、ああでもわたしは暴れ馬に乗っていたいのだよ、、と思ってしまうのは怠慢ですか甘えですか向上心がありませんか。
不謹慎なのはわかっているけれど、「お見事でした」と思いながら泣きました。
そうやってほとぼりがさめたころに、らっこのこと思い出す。
どこかで思考を書き留めておかなければ、私が霧散してしまいそうで、だからこうして書いている。
一緒に暮らそう、きっと楽しいよ!とサーバルちゃんは言った。
外に行く、とカバンちゃんは言った。
どうしてアニメは終わるんだろう。どうして旅は終わるんだろう。
思うに考え抜いたことを書くのはクリエイティブさに欠ける。
へー、本の帯みたいになるのね。
ブログの観測範囲が1年前と全然広がってないことに気付いた。だいたいこんなもんなのかな。