母父トニービン

明るいところで読んでね

ボードゲームやるフレンズ2

なんかボードゲームやろうよっつって集まってボードゲームやった。

 

ペンギンパーティ

ペンギンパーティ (Pingu-Party) 日本語版 カードゲーム

ペンギンパーティ (Pingu-Party) 日本語版 カードゲーム

 

5色・全36枚のカードがプレイヤーに手札として配られて、それを交代でルール通りに、なるべく手持ちのカードを使い切るように場に並べる。一番下の段が8枚、その上の段は7枚、その上は6枚・・・と最終的には平面のピラミッド状になるように置いてゆくのがルール。

トーナメント表のように、ひとつ低い段に並んだ2枚どちらかの色のカードのみを上の段に置くことができ、手札のカードを場に置けなくなったプレイヤーから脱落。ラウンド毎に手元に残してしまったカードの枚数分だけマイナスポイントが加算されていって、その累積が一番少なかったプレイヤーの勝ち。

 

並べ方は画像1枚探して貼れば一発で伝わるんだけどまあいいや。頂点まで完成することは稀らしい。

「自分の手札を使えるように上の段へ繋ぐ/相手の狙いを封じる手を打つ」の判断と、中盤で諦める部分はさっさと諦める、という割り切りの素早さも求められそう。といってもそんなに目を血走らせてやるようなゲームでもない。

これすごいわ。こういうシンプルなルールながら読みも必要な(かつ明るい雰囲気の)ゲームを作れるのすごいと思う。色合いも絶妙だった感じある。

 

4人の容疑者 湯けむりに消えた謎

「容疑者・時間・場所」がそれぞれ個別の組み合わせで割り当てられた16枚のカードのうち、伏せられた1枚を的中させれば勝利。ただし的中させるチャンスはその宣言をしたうえで一度きり、外すとゲームから脱落になる。

残りのカードが手札として各プレイヤーに配られる。場に出る質問カードを使って他プレイヤーの手札に関する情報を集め、消去法で正解を絞り込んでゆき的中を目指す。

 

16枚の一覧表が載ってる専用のメモ用紙があるから便利なんだけど、「Aさんはこのカードを持っていないがBさんは不明」「この3枚どれかがBさんの手札候補」など、未確定ながらもあたりが付き始めた時の”メモの書き込み方マニュアル”の構築がまずは必要かなー。集めた情報全体の整合性が取れなくなると終わる。

いま考えてみると、とにかく当てれば勝ちなので、7割方これだろうという予測が見えた時点で突撃するのも手、という気もする。ただ、自分が何を知っているのかはメモで分かっても、自分の手札に関して何を知られているのかまではなかなか気が回らないので、突撃のタイミングの見極めは難しいかもしれない。

やり込んで慣れれば決着も早まりそうだけど、3回くらい連続でやると飽きてしまいそうでもあるので難しい。

 

ダイスエイジ

ダイスエイジ

ダイスエイジ

 

ダイスの出目である1~6の数字にランダムで割り当てられた得点カードを狙って、複数のダイス(最初は5個だったかな)を同時に振り、出目の数字のところへダイスを配置する。配置しなかったダイスは次のターンに振り直せるが、1ターンに必ずひとつは配置しなくてはならず、また逆にいくつ配置してもいい。

複数のプレイヤーが同じ数だけダイスを置いた場所は、後から置いたプレイヤーが得点カードを取れる。それを狙って後半まで粘るのもありだが、各ラウンド終了毎にダイス追加などのボーナスがあり、先に抜けたプレイヤーから好きなものを選べるようになっている。

全員が全てのダイスを配置し終わると次のラウンドへ進み、4ラウンドでゲーム終了。

 

ダイスをまとめて一気に振るのが楽しい。いいボーナスを狙って早抜けするか、最後までダイスを振り続けて得点カードを多く取りにいくか、考えたところで結局はダイスの出目次第なんだよね。人生かよ。

最後の得点集計時に、同じ数字の得点カードを一番多く集めているとそれに応じたボーナス得点が入るので、後半はそれを狙う流れにになってくる。最終ラウンドは100万点!みたいのはない。

ダイスのランダム感と緩めの戦略性が混ざって、勝った負けたも軽い感じなので全然疲れない。最後の得点計算だけがちょっとめんどくさく感じた。

 

トリックオブスパイ

1〜9の数字カードが赤青白のそれぞれ3色・計27枚のうち、場に伏せられた1枚を当てるゲーム。一部のカードは最初から表が見えるように盤面に置かれ、その残りがプレイヤーに手札として配られる。

毎ターン手札から1枚ずつ出してその強さで勝敗を決め、2人だけが答えに対するベットをできる。また、そのカードが七並べのように少しずつ場に並んでいき、徐々に答えが絞られる。

ベットは例えば広い範囲に賭ければ配当が安いなど、カジノのルーレットのようになっているので序盤は大まかに、後半に進むにつれて範囲を絞ってピンポイントで的中させられるようになる。3ラウンドの合計得点を競う。

 

相手の賭け方から手札を推理することもできるが、俺はドラクエのメッセージ欄のように古い情報からすぐ消えていく人間なので、コツを掴むまでには至らなかった。当然自分の賭け方から持ちカードの推測もされる。

それにそもそも最初のカード勝負の結果でベットできない場合もあるので難しい。というか、今回はもう相手の勝負強さが圧倒的に優っていたなーという感じ。歯が立たなかった。

 

ナショナルエコノミーメセナ

ナショナルエコノミー・メセナ

ナショナルエコノミー・メセナ

 

プレイヤーが経営者となっていろいろな効果のある施設を建設し、そこから運用益を得たり建物の売却をするなどして、規定のラウンド内で事業を一番拡大したプレイヤーが勝ち。プレイヤーが売却した施設は公共物になるので全員が利用できる。

自社所有や公共の施設の効果は、自社の労働者をそこで作業させることで得られる。労働者は増やせるが、毎ラウンド終了時に現金で給料を支払う必要があり、その額もゲームが進むと少しずつインフレする。基本的に金が足りないゲームなので自社施設を売却することにも繋がり、それで自然と公共施設の充実にもなる。

 

おそらく序盤の手札の流れ次第で金が渋い社会になったり経済がよく回る社会になったり変化するんだろうな。セオリーのような勝ち筋が一定しないゲームかもしれない。複数の施設によるコンボ効果などもあるようなので、勝ちに向かうルートが何通りかに大別されそう。必ずしも「玄人向け」じゃないけど、玄人同士の対戦が盛り上がりそう。

日経新聞の見出しだけ見て「はぁ~、日産がねぇ~」って言うだけの人間なので経済には詳しくないけど、企業側から見た経済の縮図という感じなのかな。企業が内部留保したくなる気持ちもちょっとわかる。ちなみにこのゲーム内だと借金は大きなペナルティになる。

っていうかアマゾンリンク貼ろうとして気付いたんだけど、これスパ帝国のゲームかよ!こういうの作ってるんだなぁ。随所になんとなくCivilization感が漂ってるなぁと思っていたら。

もう少しやり込んで慣れればサクサクと何ゲームでも楽しめそう。

 

 

おもしろかったー。これ得意かも、これ不得手かも、みたいなのがちょっとずつ見えてきそうな感じもあるけどまだまだ経験不足だな。といって一人で武者修行はなかなかハードル高いしなぁ。おっさんレンタルとかで一緒に行こうかな。

ゴジラとシンゴジラ

っていうかふざけて「ゴジラメカゴジラ」とか言ってたらテレビでシンゴジラやってるのすごくない?なにこれ。たまたま教えてもらってなかったら見過ごしてたわ。

こういう謎の偶然あるよね。謎の偶然は実は必然で「ほんとは知らないうちにどっかで情報を得ていてそれが無意識に発現しているのですよなにせ人間は自身の脳の何割も意識的に使えていないのですから」説もあるけど俺は「偶然かどうかはべつにどうでもいいからへーそういうこともあるのねって思うだけ」説を提唱しています。

いや去年映画で観なかったのちょい後悔気味だったからテレビでやる時絶対見ようと思ってたんだよ。だからこれまでに人が書いた感想とか一切読まなかったもんね。あぶねーあぶねーほんとに命の恩人だわ。

 

 

いやーいい映画だな。いい邦画だ。

放射能に核に折り鶴でしょ。いい邦画だよ。竹野内豊の言う「日本のスクラップアンドビルド」にはあれもこれも含まれてるんだろうなきっと。あれもこれもには各自でいろいろ当てはめてください。

こんなの感想まとめようにもまとまらないし、そもそもブログで何かを上手にまとめる習慣がついてないのでもう1999年のグラスワンダーvsスペシャルウィークの話でもしようかと思ったんだけどもう少しがんばろうということで箇条書きに近い感じで書きます。

 

・この後どうなるんだろうみたいなことをずっと思ってたような気がする。そういうの久し振りだった。

・なんかほんとにエヴァ感すごいわ。音楽もそうだけど。カット割りっていうの?そういうカメラの位置とか電信柱と標識とか車の列とか。あーこれ見たことあるー!ってなった。

・あのティンパニの音楽がそのまんましっくりくるのもなんかすごいよな。すごい。エヴァに普遍性があるのか、我々の普遍性にエヴァが棲み付いたのか。俺がバカなのか。

・っていうか最初の映画のゴジラでどうやって撃退したのか知りたくなってくる。あとで調べよ。

・「やったか!?」って言うの、笑っちゃうよな。所謂「やってないフラグ」の一番手だろそれ。

・なんだろあのゴジラに対する恐怖と絶望感。絶望の向こうにある快感。エヴァの時には使徒を食う初号機に同じものを感じたんだよなー。

・「危機で日本が成長した」ってのは逆に言うと平和ボケしとるってことかな。平和が一番だけどねぇ。麻雀もだいたいタンピン系いきます。

・途中でちょっとニューガンダムのラストシーンを思い出したけど、どのシーンで思い出したのか忘れた。あれは子供心に感動したもんだった。

・当たり前っていうのかな、この映画に出てくる人って全員ゴジラを知らないじゃん。他は全て現実と共通してんのにゴジラだけ全く知らないのうける。感情移入できない。

・感情移入できないといえばけっこうリアルっぽい感じはあるけど、一方で「んなことあるかい」感も強くて、でもご都合主義みたいなのは感じなくて、でもちょっとあって、まあいいや。面白かった。

・あと「無人在来線爆弾」だっけ?あのちょっとアホみたいなというかダサいというかそういう感じのネーミングがよかった。

・なんていうのかなー、「ダサさ」って作り物の物語に於いてなんか重要な気がするんだよね。

・後半に向かうに連れて「ふざけんなうるせえバカヤロー」っていうノリが強くなってハチャメチャが押し寄せてくる感じがよかった。

・今の日本で今のゴジラを観られてよかったなーという悦びがありまぁす。

 

そーいえば横浜トリエンナーレゴジラのやつあったな。あれ核実験がテーマな感じだったけど一番最初のニューメキシコ?の核実験も記載されてたっけ。広島からスタートだったような気もするけど記憶あいまい。

人の感想読むのも楽しみだなー。現代ならではの楽しみ方だよなこういうの。

 

fujipon.hatenadiary.com

 

 

 

 怒り、憎しみとか悲しみとかの感情も持たず、ただ、ひたすらに「そこにあるものを破壊すること」に徹しているゴジラと、ゴジラに破壊されていく東京は、(不謹慎ながら)本当に美しい。

 

 日本の手続きの煩わしさを批判する映画のように受け止められがちなのかもしれないけれど、そういう手続きに対して、必ずしも全否定している映画でもないのです。

 ある場面では「もう、東京の危機なんだから、そのくらいの犠牲は無視して攻撃しちゃえよ!」と観ながら思っていた自分を発見することになりました。

 

 まったく違う作品のようだけれど、1954年の『ゴジラ』と2016年の『シン・ゴジラ』をリアルタイムで観た観客は、同じような感慨を抱いて、映画館を出ていく、そんな気がするのです。

 あらためて考えてみると『エヴァンゲリオン』も、そういう作品なのだよね。

 

ほんまやなぁ。すごいなー。

ゴジラとメカゴジラ

ローマ史の本もようやく全15巻のうち12巻に入った。ギリギリ年内には無理だろうな。って思ってからべつに年内に読み切る意味もないことに気付く。今年ほとんどこれしか読んでない気がする。っていうか今年っていつから今年なの?1月1日から?へーそうなんだ。

いやーしかしまさかこんなの読むことになるとは夢にも思ってなかったんだけど、読むと面白いね。なにがどう面白いとかは特にない。

読みながら著者に対して「ほんまかいな」とか思えるのがいい。たぶん来年の今頃には全部忘れてそうなのもいい。『S.P.Q.R』が何の略かとか一瞬で忘れたもんね。いやそれ忘れたんじゃなくて覚えなかったのか。あと図書館に返しに行くとすぐ次のを借りられるのもいい。

っていうかこんなん読んだらユリウス・カエサル好きになっちゃうに決まってんでしょうよ。4~5巻がユリウス・カエサル編になってて、4巻の終わり方がめっちゃテンション上がるんだよ。「賽は投げられた!」うおおおおおおおおおおおおおおおおおおってなった。あれはすごかった。

 

本を読むのは楽しいんだけど、べつに「本が好き」ってことは思わないんだよなー。音楽は好きだけど別段CDが好きじゃないって感じ。なんかこれ屁理屈なのかな。でも本が好きかって聞かれたら「いやぜんぜん」って答えるような気がするんだよ。
美味しいからカレーが好きだけど、皿に盛られた料理をスプーンですくって食べるのが好きなわけじゃない。そんな感じに近いかも。屁理屈にしか聞こえない。

ブログもべつに好きじゃないもん。母父トニービンの競走馬に興味を持つことは昔からある。

「女子」って書いて「好」なのも、そのうちジェンダー的な観点からクレーム入るだろうな。どこに入るんだろ。漢字に関してはやっぱり大陸のほうに言ってもらわないとねぇ。弊島じゃちょっとなんとも言えませんので。ええ、発祥の地のほうへお願いします。

 

 

「いまだにコンビニの会計を現金で払ってる奴アホなの?」みたいなツイートを見かけて、まじかーと思った。

その人の感覚がちょっと信じられないほど遠いものに感じられて、これがよく聞く「時代についていけなくなる」ってやつかもしれないと思った。世の中間違ってるよねっていうんじゃなくて、現金で払いたいという俺の考えが古くなったんだっていうほうが先にきた。俺もついにそういうの来たかー。

思春期くらいに「カード払いで金銭の遣り取り感が薄いままいろいろ買いすぎて人生終わるOL」みたいなのを聞かされて育ったから、なーんか実物以外を信用できないししたくならない。たまーにスイカで買い物するけどね。でも一度に1000円以上払ったことない。

もしかしたらバブルがはじけた後のカウンター的教育が世の中にあったのかもしれないね。いやまあ現金だって暴落しないとは限らないけど。

「音楽好きだけどCD好きじゃない」の関係に照らし合わせると、俺は資産よりも通貨が好きってことになるのかな。確かにスイカに10,000円入れてもらうよりも、1万円札を渡されるほうが圧倒的に嬉しい。えーでも財布にはあんまりお金入れたくない。

 

 

最近知ったんだけどあれなのね、あの「でんでんでででんでんでででんでんでででーん」って曲はパイレーツオブカリビアンの曲なのね。へー。

スターウォーズとスーパーマンの曲はみんな区別つく?いや俺も聞けばたぶんわかるよ。インディージョーンズゴーストバスターズはわかる。でもみんなで「ゴーストバスターズ!」って言うタイミングがよくわからない。

俺外国の俳優がほとんどわからないからもちろんジャックスパローもジャックバウアーも顔がわからん。ブラッドピッドも「ジーパンのCMの人」のまま。たぶん実際に作品を観ないからだよな。実際に見たからアカギとカイジの声の違いはわかるもん。

昔テレビのゲストでなんか見たことある白人男性が出てきて、あーこれ俺でも顔知ってるくらいだからそこそこ有名な人でしょーと思って見てたら画面に「トム・クルーズ」って出てきて、こりゃだめだと思ってそれ以降覚えるのを完全に諦めた。

 

 

もやもやした気持ちからブログ書くことあるけど、ブログでもやもやを発散させきった気になって終わるのはアレだね。アレ。あのーアレです。それがいいのかよくないのもよくわからなくて、なんかもやもやしてきたからブログでも書くか。

私がブログを書きたくなるときー

 

悲しいときー

はてなスターが全然つかなかったときー

 

 

悲しいときー

過去記事に誤字を見つけたときー

 

 

悲しいときー
ブログ書いてる途中でこの文章のどこが面白いのかと疑い始めたときー

 

 

悲しいときー

人のブログで誤変換を見つけたときー

 

 

悲しいときー

ブログを始めた頃の文章を読んだときー

 

 

悲しいときー

隣のレジのほうが早かったときー

 

 

悲しいときー

競馬で負けたときー 

 

 

悲しいときー

図書館で借りた本の栞紐が千切れていたときー

 

 

悲しいときー

牛乳を買って帰ったらまだ冷蔵庫のやつが半分くらい残っていたときー

 

 

悲しいときー

風が冷たいときー

 

 

悲しいときー

知らないうちに寝ててもう目覚ましが鳴っていたときー

 

 

悲しいときー

居酒屋で店員を呼んだのにぜんぜん来ないときー

 

 

悲しいときー

ご飯だけ余ったときー

 

 

悲しいときー

カープが負けたときー

 

 

悲しいときー

こちら半額になりまーす、こちら3割引でーす、こちらも半額ですねー、ってレジ通すごとにいちいち言われるときー

 

 

 

私がブログを書きたくなるときー

くだらないネタを思いついたときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

楽しいことがあったときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

季節を感じたときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

人のブログを読んだときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

ふとした気付きがあったときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

カープが勝ったときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

流行りの話題にいっちょ噛みしたくなったときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

書きかけの下書きがあったときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

競馬で負けたときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

不思議な思考にたどり着いたときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

どうでもいいことに気付いたときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

良いものに出会ったときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

ひまなときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

なんかもやもやしてるときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

昔の面白い体験を思い出したときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

どこかへ出掛けたときー

 

 

私がブログを書きたくなるときー

夕日が沈んだときー

 

 

 

今週のお題「私がブログを書きたくなるとき」

地元民がさいたまクリテリウム見てきたよ 2017

今年も行ってきたよ。2013年に始まって、もう5年目だよ。すごいなぁ。

しかし毎年雨が降らないねぇ。最初の年だけ雨っぽかったけど昼頃には止んでくれたんだよね。

 

今年はコースが変わった。メインのクリテリウム(周回)レースの距離自体は、3.1kmのままで変わらず。

 

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ずっと工事やってたでかい病院が完成したり、地図上でいうサイクルフェスタの周囲に新しい道路ができたりして、レースの中心が駅の西側から東側に移った感じ。これによって個人的な見所だった、京浜東北線と世界的選手達の併走はなくなった。

地図で真っ白に見える通りに、まだ東側は道路が出来ただけで周辺に何もないのよ。去年までの「選手が街中を駆け抜ける感」とは少し雰囲気が変わったかな。これからはこっち側がメインになっていくんだろうね。

 

 

もう5年目ともなると慣れてくるどころか毎年恒例すぎて、クローゼットからさいたまクリテリウムTシャツを引っ張り出すことも忘れたまま家を出てきちゃったよ。

地元イベントだからこその油断。むしろこういう油断こそがイベントの定着してる証といえるのかもしれない。

今年もまたずーっとコースの周りを無駄に歩いてきたよ。悪魔おじさんも見られたし、本当に贅沢な散歩だった。

 

今年はサガンやバルデの人気若手選手が不参加だったり、3連休の中日だったりで、観客も減るんだろうなー(そしたら観戦しやすくなるなー)と勝手に思ってた。でもそんなに減ったって印象はなかったかな。

去年と場所が変わって比較しづらいとはいえ、むしろ増えてたような感覚もあったりしてよくわからん。連休をうまく利用して、前日のイベントと今日のレースと両方を観に、人によっては一般参加レースで走りに、遠方から前乗りで来た人もいたりしたのかもしれない。知らんけど。

逆に、なんとなくご近所っぽいファミリーや老夫婦の観客もいた。みんな毎年来てるのかな。レースの後にコクーンで買い物でもして帰るんだろうか。

それにしても新城のアタックは、みんなが盛り上がるよね。その声援の中に自分もいられることが嬉しい。あれは本当に一体感のようなものを感じたなぁ。

 

 

俺は走る選手を観ながら歩いているだけなので、全体のレース展開はぼんやりとしかわからないのもいつものことだった。残り周回数もわからないもんね。どうせ帰ってからレースの録画を観るから、まあそういうのは後でいいのよ。

と思いながらも、ラスト何周かは会場のでかいテレビが見えるところにいた。やっぱりレースを観ている以上、決着のシーンくらいはリアルタイムで観たいものねぇ。

 

レースは七分どころで有力選手4人が大きく抜け出して、この中の誰かで決まるのかと一旦は思った。でもよく考えたら抜け出すタイミングとしてはかなり早いので、後ろの集団はだいぶ離れてるけどもう一度追いついたりしないかな?と途中からちょっと期待してた。

そうしたらバルギルが単独で抜け出したところにラスト1周で集団が追いついてきて、この展開はキッテルとカヴェンディッシュか・・・と思ったら、別府がいい位置にいるんだよこれが。

ゴール直前で別府が出た時はほんとに鳥肌が立った。フミ!フミ!って声に出してたら、それを首太カヴェンディッシュが交わして優勝をかっさらうんだよねー。

これまでツールで何回も見たあのガッツポーズ、今回だけは見たくなかったなー。

 

カヴェンディッシュが勝った瞬間は「いや、自分、ガチやん・・・」ってほんの一瞬だけ思っちゃった。ははは。でもまあ何て言うか、日本人が簡単に勝てない感じだからいいんだよね。もちろんカヴェンディッシュもツールのスーパースターなんだから。

帰って録画観たら、レース後のインタビューで別府が「I really want to win , but KAV is so fast」みたいなこと言ってた。

 

 

まあなんだろ、やっぱり選手達はさすがに慣れているというか、こういうレースの魅せ方も本当にうまいよね。ありがたいわ。

これだけの人気選手が揃っている中で各自ちゃんと見せ場を作って、ファンをずっと興奮させ続けるってすごいよ。誰かがアタックする度に、「うわー」とか「きたー」とかいちいち興奮してる俺がただのバカなだけかもしれないけど。

そういう感じのレースなので、「フルームはツール5回目の優勝の年に勝つだろう」「そろそろ日本チームが勝っておかないと、この先チャンスがあるかわからない」という理由から、今年は新城・別府のどっちかが勝つと予想してたんだけど外れでした。

 

午前中はいい天気でぽかぽかしてたのに、レース後半のから雲が出てきて冷たい風が吹いてひんやりした。レースが終わったすぐ後に雨がぽつぽつ落ちてきた。

ロードレースファンのみなさんの日頃の行いが良いんでしょうね。でももっと良ければ俺が家に帰るまでは降らなかったはずなので、来年はもっと頑張ってください。

 

しかしこういうイベントが定着して、更に毎年少しずつ形を変えながら発展していくなんて、さいたまもすごい場所になってきたよ本当に。数年続いてるイベントって少しずつ地味になっていきそうなものだけど、なかなかすごいことだと思う。

「ダサい」って言葉は「だって埼玉じゃん」が語源という説がそれなりに有力なんですけど、もうそろそろ許してもらえませんかねえ。

 

 

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