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母父トニービン

明るいところで読んでね

歩道橋

 

最近なんか文体がバラバラで安定しないなーと思ってて、まあでも安定させることに別に何の意味もないしどうでもいいか。その時に書きやすい書き方で書き進めればそれが一番良いだろう、とすぐ結論に至ったのでこれを書き始めた瞬間の目的は達成しました。ありがとうございます。やっぱりとりあえず書いてみることだね。

 

 

春秋:日本経済新聞

 

そんな話も今は昔。交通戦争は遠のき、景観を損ねると言われ、なによりも人々の高齢化ゆえに歩道橋は敬遠されるご時世になった。

 

いわゆる「役目を終える」ってやつか。寂しいなぁとか書かないで事実を並べるのは日経らしいかも。

 

上ってみれば眺めが良く、そこに立つ恋人たちなど絵になるから歩道橋は映画やテレビドラマにもよく登場した。

 

そうだなー。確かにドラマでも酔っ払ったふたりが歩道橋の上で「子供の頃はもっと高く感じたのにねー」なんつってはしゃいでたら女のほうが「大人って難しいね・・・」とか言って急にしんみりしてふたりでしゃがんだらそのままいい雰囲気になってキスしたところで曲が流れて次回予告、という流れがけっこうあった。そしてそのふたりというのは、ヒロインとそのヒロインに以前から想いを寄せていた職場の同僚の男(結局最終回の前くらいで振られる咬ませ犬だったりする)という場合が多かった気がする。するする。

 

あー時代の流れってことでついでに書くと、ドラえもんの漫画でのび太のパパが学童疎開した時の話があって(ドラえもん 第3巻 16話「白ゆりのような女の子」)これめっちゃ印象に残ってるんだけど、ドラえもんにもこういう回があったということに時代を感じる。パパ死のうとするんだぜ。漫画の話とはいえ戦時中はみんなこういう社会で生きていたんだなぁ、というところが印象に残ったんだと思う。俺が子供の頃って「戦中・戦後は辛かった」みたいなお話がもっと身近にたくさんあったような記憶があるんだけど(このコミックスが出たのは生まれる前だけど)今はどうなんだろうか。もちろん俺の親の世代はもっと多かっただろう。最近はこういう教育が薄れてきていかんぞとかそういうのは書かないけど心の中ではけっこう思っている。

そんでもし今の時代ののび太のパパが昔話するとしたらどんな話なんだろうかと思った。オイルショックやヒッピーだった頃の話でもすんのかな。